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ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

自我を捨てないとプロにはなれない

(旧)仕事術

こんにちは、スズキです。

先日、プロカメラマンの講演を聴く機会がありました。
その中で、印象的だった話をご紹介します。


古い車両を狙う理由
多くの場合は、新型電車の撮影だという。
が、あえて古い電車を狙いにいくときがある。

古い電車の引退前だ。
例えば新幹線の特定の車両が引退するとき。
それを狙いに行くらしい。

ただ、最後の日ではなく、その1年前、2年前に狙いに行くという。

その古い車両の写真を納品し、メディアに掲載される時間を考えると、それなりの時間が必要とのことだ。

特定の季節で撮りたい場合は、特に注意するという。
桜と電車、花火と電車、紅葉と電車、降雪と電車。

半年後や1年後のネタの為に、行動するというのだ。


電車を狙わないとき
鉄道カメラマンなのに、電車を狙わないことがある。
作品の中には電車が写っているのだが、それが主役ではないということ。

風景が綺麗、その場の空気が綺麗。
そういったときは、電車があえて脇役になる。

この電車に乗れば、こんな風景が見れる。
この電車には、こんな楽しみ方がある。

電車そのものに魅力を感じる人もいれば、それを移動手段にしか捉えていない人もいる。
後者の人にもウケるようにするには、そこからの風景、妄想できるネタが必要なのだ。

 

電車好きには難しい
鉄道写真に限らず、アートやデザインを含めて。
それ単体が商品、作品になるということは無い。

そこに別の写真が入り、キャッチコピーが入り、レイアウトを組んで商品、作品になる。

写真が作品だという芸術家もいるが、商業写真というのは、その一端を担っているだけだ。
料理でいう「カレーライス」を作っているのではなく「にんじん」を作っているに過ぎない。

ただ、趣味であれば趣味であるほど「カレーライス」を作ってしまうのだ。


商業写真である以上、そこに広告的な要素が必要になる。
だから、写真そのものが目立ってはいけない。
ひたすら脇役に徹するのだが、キレイでなければいけない。

写真としてのクオリティを保ったまま、脇役であり続ける素材。
趣味でキレイな写真を撮ろうとする人では無理なのだろう。

よりドライな関係の中で、相手に印象づけながらも、脇役でいなければいけない。
どこかでビジネスだと割り切る気持ちが必要なのだろう。

自分の作品が大事だという気持ちでは無理だ。
クライアントが求めるものを、「期日までに納品させる」 というプロ意識。
そういう気持ちが大事なのだろう。

 

 

 


※便宜用、気動車や客車についても「電車」と標記しています。