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ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

運営報告を読んで思う クオリティ高いブログとは

(旧)雑記 (旧)ブログ運営

こんばんわ、スズキです。

月末月初になると、ブログの運営報告をされる方がいらっしゃいます。

そういった記事を読んでいると、書いてあることは次の5つ。

  1. PV数
  2. 収益
  3. 書いた記事数
  4. 反省、課題
  5. 今後の目標

おおよそ、この5つが書いてある運営報告が多い。

 

こんなに儲かったぜ、こんなに読まれたぜ。

そういった指標は定量的で分かりやすく、また自分のモチベーションを保つにはうってつけだ。

それ自体、悪いことでは無いのだけれども、もうちょっと違う視点で見たいと思うようになったのだ。

 

「量」で判断するのではなく「質」を問いたいということ、

 

 

 

「どれだけ読まれるか」ではなく「誰に読まれるか」

PV数を目標に、月間10万PV、100万PVと目指す、またそれを達成することは良いこと。

達成したときの感動や自信、そういったものが次の一手に繋がる。

 

ブログを書き始めたころは、1日10PVも無かったのに、いつの間にか1,000PV、10,000PVと増えていく。

自分の「書いたモノ」が認められている気がして。

こんな僕でも役にたっているのかなぁなんて思ったりして。

大きな活力となり、自分を支えてくれる。

「どれだけ読まれるか」という指標は、非常に分かりやすく、パワーにもなりやすい。

ただ、僕が追いかけていきたいのは、「誰が読んでくれた」か、ということなのだ。

 

 

 

僕が本当に伝えたい人って誰だろう。

ブログを書くとき、いろんな気持ちになる。

楽しく嬉しいときもあれば、ムカムカしているときも。

涙を流すほど悲しいこともあれば、頭の中がグルグルしている混乱中の自分もいる。

 

その中で特定の「誰か」に向けて記事を書くときもある。

例えば、初恋のあの子に読んでもらえたら、とか。

あの会社の社長が読んでくれたらとか。

あのブロガーに読んでもらいたいなぁって思いながら書いたりするわけだ。

 

ブログを書くときに、特定の誰かに向けて書くときと、不特定多数に向けて書くときがある。

また「特定の誰か」も、対象が一人の時もあれば、「失恋で落ち込んでいるあなたへ」と大きなくくりになるときもある。

 

特定の誰か宛に書いた記事の時、どれだけ多くの人が読んでくれても、その相手に読んでもらえないと満足できないのだ。

非常に自分勝手な考え方だろうが、記事によってゴールが違う。

・あの人さえ読んでくれればいいもの

・とにかくたくさんの人に読んでもらいたいもの

・炎上してしまえと思うもの

だから、単純にPV数だけで、満足度を決めることができないのだ。

 

 

自殺を考えているあなたへ

僕が自殺を考えている人に伝えたいメッセージがあるとする。

自殺したい人、Aさんとしよう。

Aさんが、たまたま縁があって僕のブログにやってきた。

そこで「自殺を考えているあなたへ」という記事に出会う。

死にたい死にたいと考えていたAさん。

もしかしたら、今夜にでも「死ぬ」という選択肢を選んでいたかもしれない。

 

ただ、そんなAさんが、僕のブログに出会って、「自殺を考えているあなたへ」という記事を読んだとしよう。

共感して頂ける部分があり、「ちょっと考え直してみようか、生きるのも悪くないな」と思ってもらえたらどうだろう。

 

僕にとっては最高の褒め言葉だと思うのだ。

たとえ、その記事を読んでくれたのが、Aさんだけだとしても。

10,000人に見てもらうより、一人の気持ちの変化のほうが嬉しい。

 

僕の書いた記事で、「0」だった気持ちが「1」になってくれたら。

ブログやっていてよかったなぁと、心の底から思うだろう。

もちろん10,000人に読まれることも嬉しいけれど。

 

だから「どれだけ読まれるか」というより「誰に読まれるか」ということが大事になってくる。

 

 

現状の仕組みでは限界がある

想像して、勝手に話をすることはカンタンだ。

ただ、それが今の技術で表現できるかどうか、これは難しい課題だろう。

PV数というのは、Googleが提供してくれているgoogleアナリティクスで見ることができる。

ブロガーがよく使うサービスの一つだ。

誰もが同じ指標で、9月1日は○○件のアクセスがありました。

と教えてくれるから、目安にしたい基準になるのだ。

 

前の例ではどうだろうか。

「自殺しようとている人が、ちょっと考え直す」

これを判断するものは無い。

強いて言えば、読者の方からお手紙をもらうことくらいだろう。

 

「スズキのブログで元気をもらった、死のうと思っていたけどもうちょっと踏ん張ってみるわ」

と手紙でももらえれば、相手がどういった気持ちだったかが分かる。

 

そういったレスポンスの無い人はどうだろうか。

自殺云々にしろ、その他の記事にしろ、役に立つべき人かどうかが判断できない。

役に立つべき人はどんな人か、というところから吟味しなくてはならない。

また、そんな一方的な目線で見ることもよくないだろう。

 

現状では、それを定量的に計ることが難しいのだ。

 

 

だからPV重視になってしまう

現状において、カンタンに計ることができるモノサシはPVなのだろう。

どうしてもPVが多い、だからすごいブログだ。

という流れになってしまう。

 

多くの人に読んでもらえているブログも、もちろん素晴らしいブログだ。

ただ、誰に読んでもらえたのかということを、気にしてみたいんだけれどね。

どうにかして、それを実現できないだろうか。

 

「1」を「100」にすることも大変だし、技術も工夫もいるのは理解している。

そういいながらも、僕は「0」を「1」にすることが重要だと思うのだ。

 

 

これからの時代なら実現できるだろう

ただこれからの時代であれば、そういった「気持ち」に結びつく部分も判断できるようになるのではないだろうか。

人工知能が発達し、スマホが人体と密につながるようになる。

  • スマホでアクセスしたサイトは、どんなサイトだろうか。
  • LINEに入力した言葉はポジティブ? ネガティブ?
  • 位置情報からどこにいるのか判断してみたり

そういった情報から、利用者のマインドを判断できるのではないだろうか。

 

そうすれば、記事を読んだときの感情、嬉しい、楽しい、役に立った、くだらない、感動したなどなど、そういった気持ちを評価軸の一つにできるだろう。

 

 

そうじゃないブログでもいいかなぁ

PVを追うブログがあってもいい

収益を求めるブログがあってもいい

自己表現の場になったり、小さな素敵なことを発信してもいい。

いろいろなブログがあってもいい。

 

そんな中で、クオリティの高いブログにしていきたい。

読んでくれた人が、ほっこりしたり、笑顔になったり。

そんなブログが書けたとき、僕はすごく幸せを感じるんだろうな。

 

追い風ビュンビュンブロガーのスズキでした。

 

 

AI時代の勝者と敗者

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