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ちゃんとやれ!

人生の質を上げるアウトプットの場

「生きる」なんて、簡単で難しくて、そっとしまっておきたい。

(旧)雑記

こんばんわ、スズキです。

今日も無事に終わることができそうです。
明日も楽しくいられるでしょうか。
 
いつも通りであれば、朝起きたら身支度をして、会社に行って、、、という生活になると思います。
それは、いつも通りであればです。
 
僕になにかあったとしたら、明日は病院のベッドの上かもしれません。
別に何があったわけでもないけれど、毎日毎日と過ぎていることがちょっと大変です。
 
仕事が大変なときもあるんですよね。
周りのスピードに合わせなければいけないこと。
これは、朝つぶやいたことでもありますが、ゆっくり仕事をしたいときもあります。
 

 
でも時間というものはみんな平等で、1日は86400秒。
これは誰でも同じだけ与えられます。
ここでは、相対性理論などは考えないこととしましょう。
 
この1日という時間が、もう少し延びてくれればいいなぁと思う時も。
やりたいことがいっぱいというよりも、密度を少し薄くしたい。
簡単に言えば手を抜きたいということです。
 
そんなことを考えられるのは、幸せなのかもしれないですね。
もっと毎日を真剣に生きないといけないと改めて感じます。
 
僕が明日のことを考えられるのも、時間がのんびり過ぎればいいと思うのも、毎日に苦労していないからでしょう。
 
 
僕が毎日生きていられるのはどうしてだろうか。
宗教的な意味や哲学的な意味とは違うかもしれないけど。
まだまだやりたいことがたくさんあるからだろうか。
もっと影響を与えたい人がいるからだろうか。
 
空の高いところから、誰かがそうやって見守ってくれているのでしょうか。
人生の中で、僕を守ってくれている人がいることは何度か感じたことがあります。
 
普通であれば人生を棒にふってしまうようなことがあったけれど、なにか温かいパワーをもらったおかげで、今無事に生きています。
自転車に乗っていて、車に跳ねられたときも、大きなケガにならず今に至っております。
 
自分が生きている意味はなんだろうか。
そんな難しいことを、今日は飲みながら考えるキッカケがありました。
死なないから生きているわけであって、どうして死なないのか。
 
今年、31際になりました。
ここにいられることを感謝しなければいけないですね。
 
僕が生きている意味。
それは、まだ死ぬタイミングじゃないから。
そんなつまらない答えしか浮かばないけれど、それが答えだと思います。
僕が生まれてきたのも、僕が意識したわけでなく、気づいたらこの世にいました。
 
生きている意味というのは、まだまだわからないことです。
自分が「生きているんだ」と思うよりも、「生きる環境を与えてもらっている」というほうがいいのでしょうか。
 
時々、こういった難しいことを質問されたり、質問したりしています。
生きている意味を考えているうちは、生きているのかもしれません。
そういった難しいことを、頭の片隅にしまっておきながら、今日もブログが書けることに感謝しないと。
 
モヤモヤに包まれているものを、そっとしまっておくのも大人のマナーかもしれないです。
 
あした死ぬかもよ? 人生最後の日に笑って死ねる27の質問 名言セラピー

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