読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちゃんとやれ!

僕の思いをぶつける場。真剣勝負。

インターネットの世界は遅い

雑記 クロッキー

インターネットの世界は遅い。

スズキ(@acogale)です。

 

インターネットというものが普及して、世界が広がった感じがしませんか?

情報量が多くなった気がしませんか?

外と簡単に繋がることができるようになったと思いませんか?

ネットって「瞬時」「あっという間」という気がしませんか。

 

そんなこと無いぞ!!と言いたい。

そんなこと、全く無いです。

 

インターネットの世界、パソコンの世界とでも言えばいいのか。

遅くて遅くて、我慢できない。

「遅い」と思うのも、潜在的に「インターネットは早い/速い」と思っているからなのでしょうけど。

 

  • インターネットの世界は遅い。
  • DNS浸透のコト
    • ホームページって、引っ越しができるんですね。
    • その電話帳の更新に3日間くらいかかるんですよ。
    • インターネットの世界では遅くないか???
  • 物理的な輸送
    • そうするとたくさんの「データ」が集まるんです。
    • 違うんですよ、これ。
    • だったら、物理的に運んでやれ!!
  • イメージと大違い
続きを読む

【素描書き週間】素直に書ける素晴らしさと怠惰な気持ち。

雑記 クロッキー

素描書きでいこう。

スズキ(@acogale)です。

 

「クロッキー」という言葉をご存知でしょうか。

短時間で描く速写のことです。

 

デッサン、スケッチのようなものですが、スピードも重視されます。

「素描描き」とも言われるクロッキー。

文章の世界ではあるのでしょうか。

 

あまり飾らず、どんどん文章にしたい。

頭の中から、気持ちの中からどんどん台詞があふれ出てくる。

そういった経験はありませんか。

 

強い気持ち、ぶつけたい気持ちというよりは、滑らかな心地良い感触。

ぬるめの温泉に浸かっているような気分。

アンニュイな感じで、どんどん文章、台詞、言葉が溢れてくる。

 

そんな文章の書き方も楽しいなぁって。

「素描書き週間」とでも題して、そういう書き方に挑戦してみようかと。

 

目安は15分で1,000文字。

スマホからだと少し遅くなりそうだけど。

 

ある事象について書いたとき、その物事をクローズアップするのか、自分の考えをクローズアップするのか。

その違いではないかと。

どちらがよくて、どちらが悪いではなく。

 

自分の考えを伝えたければ、あまり飾らないほうがいい。

ありのままを伝えればいいし、ありのままで伝わらないなら、それが自分だから。

なんでもカッコつけて、自分の思いを伝えようなんて。

伝わらなければ、伝わらないというコトでいいのだ。

同じことを明日考えてみたとして、全く同じ文にはならないだろう。

その瞬間の気持ち、思いを、その時間で切り取るのだから。

 

翌日になれば、気持ちも思いも環境も異なるわけで。

その場にいる、その自分の発言してを大事にしていこうと思うのである。

 

いつか、どんな文章を書いたとしても、それがスズキらしいものでありたい。

 

時々ツイッターで出回っているヤツ。

◯◯の作り方をイケハヤさんが書いたら。

◯◯の使い方を村上春樹氏が書いたら。

 

そうやって、モノマネされるような自分の「何か」が早く文字に出てきて欲しいなぁと思うわけで。

自分でも気付かない言い回しや、表現の仕方があるのだろう。

 

できるだけ自分らしい言葉で。

できるだけ自分らしい波をつけながら。

できるだけ自分らしく、混じり気のない文字を。

 

そんなに強い勢いや、圧迫されるような重さではなく。

あぁ、いつものスズキだなぁと言われるそれを目指して。

少しのあいだは、素描書きを楽しみたいと思う。

 

ここまでで15分。

今日のミッションクリアだ。

 

※クロッキーというのは本来、絵に使う言葉です

 

 

スケッチは3分 (光文社新書)

スケッチは3分 (光文社新書)

 

 

 

 

【駄文】周りの環境が悪いんですよ、僕自身は悪くないんです。と思いたい。

雑記

周りの環境のせいにするな。

スズキ(@acogale)です。

 

なんでも周りのせいにしちゃダメだ。

自己責任だと思って頑張れ。

 

って言われてもね、その意味は分かるんですよ。

感覚も分かるし、それが間違ってはいない。

ということも分かるんだけど。

 

環境のせいで犠牲になることがたくさんあるってことですよ。

オレ、こんなはずじゃなかったなぁってことがたくさんあって。

ウジウジ悩んでいたりすると、結局お前が悪いんだ!!と言われたりね。

そりゃそうなんですけど、それを100%押しつけられると、ちょっとしんどい。

 

逆に、周りの環境のおかげで成長したり、ステップアップできたりすることもあります。

無意識のうちに、気持ちが流されているんでしょうね。

良い方向にも、そうでない方向にも。

 

自分が頑張っても、結局は周りの環境が、、、、と思ってしまう。

周りの環境がよくても、結局は自分の頑張りが、、、とも思ってしまう。

 

どちらがいい、どちらが正しいというよりも、どちらもバランスよく。

ということが正解のような気もするが、そういう中途半端なのは好きではないので。

結局のところ、周りの環境っていっても、自分自身で変えられるところ、そうでないところ。

その両方があるんですよね。

究極を言えば、自分で全部変えられるんだろうけど、一般的な話しですよ。

 

職場の人間関係がダメだからといって、ぽんぽん転職するわけにもいかない。

そうすれば、その中でうまく立ち回れない「お前」が悪いと言われるわけで。

でもね、それって俯瞰的に見ていないと、何も気付けないんですよね。

それだけ俯瞰的に、冷静に判断できれば、何事もうまくいくような気がするんですが。

 

つまりのところ、全てがバランスよくできないと、どちらに振れても残念な結果になるわけで。

残念なスパイラルに陥っていけば陥っていくほど、被害者妄想したり、周りに当たり散らしたり。

 

何が言いたいかというと、僕の今いる環境は違う!!と思っているわけです。

もっと違いレイヤーの人と付き合いたいわけですよね。

それは、仲良くしてくださっている人がダメだとか、そういうわけでなく。

次の新しいモノを見てみたいという興味なわけです。

 

今は今で、大切にしてもらっている仲間がいるし、そこでヌクヌクしているのも嫌なので次を見てみたい。

そう思っているなら、そうすればいいと言われても、他のバランスを簡単に崩すわけにはいかず。

 

ということで、周りの環境を理由に縛られているフリをしているんですけどね。

二兎追うモノは~と言われないように、それでもバランスを取りながらやっていきたい。

 

そうすると行き着くところは、「自分が悪くない、周りのせいだ」ということになるんです。

スズキのモヤモヤ紹介コーナーでした。

 

 

明日から別人、周りの環境も変わる 性格改善のヒント

明日から別人、周りの環境も変わる 性格改善のヒント

 

 

ブログ、ツイッター、SNS、そしてリアルとの整合性

雑記

どうもスズキです。

 

ネットメディア、SNS、そういったものと「リアル」は結びつくのでしょうか。

 

答えは二通りにわかれると思っていますが。

一つ目は、ネット=リアルというもの。

最近のSNSで「リア充」と言われるように、ネットがリアルの表現の場になっているということ。

 

二つ目は、ネットのそれは、リアルのそれと大きくかけ離れているということ。

もう一人の自分、別の自分を演じたり、表現したりするのに適した場所ということ。

 

普段はこっぱずかしくて言えないようなポエムを書いてみたり。

ちょっと隠しておきたい趣味を、表現してみたり。

そういう場だとしてもおかしくないなぁと思うこと。

 

それぞれが、大きくどちらかの役割でネットを使っているのだろうけど。

どちらを使っている人が多いのだろうか。

 

僕が気になっているのは、どちらが多いか少ないかではなく、明らかに言っていることがチグハグな人がいるから。

それは「ネット」と「リアル」だけでなく、ブログとツイッターとフェイスブックで、まったく正反対のことを言っていたりする。

それが「わざと」ならいいのだろうけど。

前向きな自分と、後ろ向きな自分。

そういったものを、メディアによって使い分けている。

 

でも、どちらかといえば、明らかに気づいていない人のほうが多い。

と僕は感じてしまう。

そんな人であれば、そっ閉じしてしまうのは当然なのだが。

 

「3流同士で馴れ合っているのはクソだ」と発言する一方で、氏のやっていることが3流同士の馴れ合いだったり。

 

素人のスズキが見て、「こりゃ無いわ、ひどいわ」って思うのだから、プロからしたらどうなのだろう。

僕が気づかないスペシャルな要素があるのかもしれないし、それが無ければ何も無いということだ。

 

「オレこんなことできます」って言ったもん勝ちなところがあるかなぁ。

 

ネットメディア界隈には、いろんなレベルの人がいるわけで。

ある程度同じプラットフォームに住んでいて。

良くも悪くも距離が近い。

 

どこかで「コンテンツ」を選ぶときに、そのクオリティ、腕、を重視せずに、相手との距離感で選んでしまっている。

果たしてそれでよいのだろうか。

 

その結果、クオリティが上がらず、発注者のクオリティも上がらない。

あまりよくないスパイラルになっているのだろう。

ネットメディアで距離が近くなったからといって、それで済ませてはいけない。

 

手軽になった分、自分自身のクオリティ担保が難しい。

自分自身のブランディングが難しい。

本当に「商品」として売り出せるものは、自分というものを表現できるものは何かと。

改めて考えてしまう。

 

 

ネットとリアルのあいだ――生きるための情報学 (ちくまプリマー新書)

ネットとリアルのあいだ――生きるための情報学 (ちくまプリマー新書)

 

 

「わかること」は「わからないこと」と言われ、頭が混乱している

雑記

「わかる」とか「わからない」とか

先日、養老孟司氏の講演を聴きに行ったのだが。

 

 

そこで言われたのが、この言葉だった。

「わかること」は「わからないこと」

 

ある事象が「わかった」としたら、次の疑問が出てくる。

きれいに「わかった」と終われることは無い。

というのが基本だという。

研究者として「どこまでわかったか」ということは無く、どんどんわからないことが積み重なっていく。

 

ちょっと休憩

私事だが、パソコンを新調した。

デジカメで撮った写真の管理をしていると、今のマシンに限界を感じてきたからだ。

半ば衝動買いだったので、そんなに高スペックなものではないが、満足している。

 

本当に欲しい機種、スペックというのはあるのだけれど、ちょっと手が届かない。

給料2か月分くらいのパソコンが本当は欲しいのだが。

 

というわけで、妥協して買ったパソコン、もちろん満足しているのだが。

それを買った帰り道、僕が思ったことは何か。

 

「次はどんなパソコンを買おうか」

 

買ったその日に、そんなことを考えてしまっていた。

 

 

閑話休題

さて、「わかること」は「わからないこと」

わかった瞬間に、わからなくなる。

 

僕なりの解釈だと、買った瞬間に次が欲しくなる。みたいなものか。

頭のいい人が言うことは、まったくよくわからない。

 

「わかること」って何だろうか。

併せて「感じること」って何だろうかという話だった。

 

感じて、わかって、わからなくなる。

感じること、それがわかると言語化したりする。

言葉で相手に伝えようとする。

そうすると、それがますますわからなくなってきたりして。

 

その場で、ふむふむと理解しても、後から振り返るとわからなくなっていたり。

 

何かをまとめたり、同一化させたり、ということを人間はするそうですが。

「まるで動物のような」という感じは、いかにも整ってなくて、はっちゃけている。

それが人間になると、まとまりってのができるらしいが。

 

そんな話を聞いて、わかったつもりでいても、結局わからなくなってきたり。

どんどん次を目指せということなのでしょうか。

 

どんどん次へいきましょうかね。 

「わかる」ことは「かわる」こと

「わかる」ことは「かわる」こと